他の音があって、目的の音があって。 / '20.03.25

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SNS関連からは遠のくことがままあり、しばし休んでおりました。といっても手前の仕事や作業を続けてやっているので、そっちの方に意識がむけらられているから、書き込みをしなかったのかもしれません。

以前は、ほぼ日のようにほぼ毎日書き込みをしていることもありましたが、最近は自分の感覚に正直に、書きたい時は書いて、休みたい時は休む。あまり人の目を気にしない性なので、まあそんな感じがちょうどよいのでしょう。

コロナの影響で自宅にいることが多いこの頃。ふだんはまとめての作業が難しい音源づくりとマスタリングに明け暮れております。1ヶ月で制作したCDクラスの音源制作は6枚にもなりました。自分のアルバムだったり、外部から依頼されている環境音楽だったり、これから発刊予定の書籍に入れるCDだったり…。

といっても自宅は集合住宅なので、立派なスタジオがあるはずもありません。街の音は聞こえてくるわ、家族の出す音(とくに小学生の息子はコロナ休暇なので、日中にぎやか過ぎます)はあるわで、プロの耳からすれば、「こんな場所で音源制作はできないだろう」といった類いの音環境の条件で作業をしています。

言い訳っぽいかも知れないけれど、まわりに余計な音がある方が、音源制作やマスタリングが捗るのです。一つの音に集中したら音づくりが効果的かといえば、必ずしもそうではありません。他の音があって、目的の音があって、はじめて音の関係性が見えてくる。

つまり、目の前の音に没入することなく、醒めた耳で、あるいは客観的な観点から、音を扱うことができるのが、日常の生活空間で音づくりを行うメリットです。

朝起きて、作業して、お昼を取って、気がつけば夜。そんな感じの生活リズムが続いています。この作業も一旦一区切り。ようやく明日からは、新しい書籍の本格プロットに移れそうです。大学は4月20日から授業開始との連絡が入りました。あっという間に、通常モードになりそうです。