大学からの帰宅途中の地下道で、
ふと懐かしい匂いがした。
20年前に亡くなったおばあちゃんの家の、
土間の匂いと一緒の匂いだ。
その瞬間、目の前の空間は飛び、
おばあちゃんの住まいにいるような錯覚になった。
当時の家にあった風景の断片や空気感が、
まざまざと手に取れるようだった。
この現象を心理学用語で、
「プルースト効果」と呼んでいる。
フランスの小説家であるプルーストの代表作、
『失われた時を求めて』の文中で、
主人公がマドレーヌを紅茶に浸し、
その香りがきっかけとなって、
幼少の時代を思い出す描写が描かれている。
過去の記憶に結びつけられた匂いを嗅ぐと、
無意識に蓄積されていた記憶に飛び、
フラッシュバックされる現象なのだけれど、
こんな強烈な感覚は、音や視覚にあるだろうか?
音は鼓膜を振るわせるだけ。
視覚は眼球を振るわせることすらしない。
嗅覚は臭素が鼻の中に侵入するし、
味覚になると、食物は体内の中に入る。
体内に入るだけで、その感覚の吸引力は、
とてつもなく大きくなるわけだ。
匂いと記憶が結びつけられる場面に出会うたび、
「ああ、音は匂いにかなわないなぁ」と思っしまう。
匂いを凌駕できるような音の力を
生み出すせないものかと夢想する。