指揮棒を持たないクルレンツィス / '20.03.15

DSC03520

寒い朝でしたが、晴れていたので堀川親水公園沿いを北上するランニングをしました。一条戻橋のところで折り返し地点となりますが、そこで軽くロングブレスと頸椎伸ばしの体操をします。毎日同じ時間に走ると、出会う人も決まっていて面白いものです。

午前中は、このところ続けている2月に録音した生ピアノアルバムのマスタリングをしました。4日間で30曲近くが収録できたので、その半分を割って15曲、さらにその中から厳選して1アルバム13曲の選定をしています。

今回の録音は楽器と録音のコンディションがうまくいったので、澄んだ透明感で深みのある音色が録れました。入り口の音源がよければ、出口の結果も自ずとよくなるものです。

マスタリング中は、どうしても他の仕事に手を付けられません。同じ耳の感度と身体感覚を保って音質を調整しないと、統一感がなくなってしまうからです。朝と夜とでも違うし、もちろん体調の変化でも出音が大きく変わります。

ぼくは専門エンジニアではないのでかなりの振れ幅がありますが、専門家はどうして結果を均質に保てるのだろう。これは、他の専門家にも当てはまるところですね。

最近は、マーラーの交響曲を指揮者を変えて聞いています。ずっと家にいることになった小学生の息子の影響です。驚くほど演奏に違いがありますね。もちろん交響楽団のメンバが変われば音も影響されるものですが、マエストロの存在は、演奏に命を吹きかける存在。

マーラーの交響曲第6番で言えば、立ち上がりのキレが際立つ、テオドール・クルレンツィスのカリスマ指揮に底力を感じます。彼って、棒を持たずに指揮するんですね。でも、演奏の鳴りは恐るべし。